森を考える ~ソロー通信茨城版~ 第3号

[今月森人]飛田 祐造さん 80歳(大子町)・岡 慶一さん 46歳(大子町)

「どんなに化学が発達しても、漆の右に出る塗料はありません。日本の重要文化財は、すべて漆が使われています。」

飛田 祐造さん 80歳(大子町)・岡 慶一さん 46歳(大子町) 画像

木肌から浸出する漆を掻き取る。
1シーズンで採れる量は、1本からわずか200cc 足らず。

漆は、樹齢15年くらいから採れる。時季は決まっていて、6月から9月くらいまでの暑い頃。
漆は木が傷を治すために内側に集まってくる樹液。木に等間隔で傷を付けて、そこに滲み出た漆を集める。
飛田さんは7年前から漆の木の植林をしている。40年間放置されていた休耕地を借りて、篠竹を伐って整備するところから始めました。
茨城県は、かつては漆の生産量が全国一位でした。水戸藩が奨励したこともあり、良質の漆がたくさん産出していた土地なのです。名人の称号を持つ漆掻き職人の飛田祐造さんと、そのお弟子さんの岡慶一さんに、茨城の漆の現状を伺いました。

――飛田さんが漆掻き職人になったきっかけは?

[飛田] うちはもともとは武士の家でしたが、私が生まれた頃は農家でした。山深い場所で、ひとりでも食べていけるように漆掻き職人になったんです。その頃は、漆掻きは大勢いましたね。中国産が入って来たり、漆の木が減ったりして、だんだん職人も減ってしまいました。学校を出た時分は『漆掻きにしかなれないのか』と言われましたが、今では、『テレビや新聞に出るのは飛田だけだな』と言われます。時代の流れというのはわからないものです。

――漆は、樹齢何年くらいで掻けるのですか?

[飛田] だいたい15年くらいから採れます。時季は決まっていて、6月から9月くらいまでの暑い頃です。気温が高くなり過ぎると漆が出なくなるので、作業は朝早くと夕方に。まず一列ずつ等間隔で木に傷を付けます。その後3日空けて、最初の傷の上にあつまって来た漆のところに、また新しく傷をつけて、そこに滲み出た漆を掻き採ってツボに集めます。それを1本の木で25回(列)くらい繰り返します。漆っていうのは、漆の木が傷を治すために木の内側に集まってくる樹液なんです。

――飛田さんのところにやってきたのが、岡さん。

[岡] 僕はもともと、家具屋でラッカー塗装をやっていたんです。ラッカー塗装というのは、漆の代用品としてイギリスで開発されたもので、その頃の親方に、漆と同じ仕上がりを出すように言われてたんです。でも漆なんて見たことなかったんで、カルチャースクールに漆塗りを習いに行ってました。その後、家具屋は辞めたんですけど、漆塗りをまた再開した時に、漆って木から採れるんだって思い至ったんですよね。それで、ネットで調べた体験教室に参加したんです。そこで飛田さんと出会いました。8年前ですね。いろいろ悩みましたが、漆掻き職人をやってみることにしました。山っていうのは、遊びに行くところで、住むところじゃなかったんですけどね(笑)。

――漆の木の植林も始めているそうですね。

[飛田] 岡さんが後継者で大子に残るというんで、7年前から植林してます。40年間放置されていた休耕地を借りて、篠竹を伐って整備するところから始めました。3町歩の広さに、2100本くらい植えています。下草刈りや肥料やりなど、手入れが欠かせませんが、次の世代を育てるためにがんばっています。

――漆というのは、掻く人によってまったく違うものになるとか。

[岡] 飛田さんの掻く漆は、きれいな山吹色になるんですよね。自分はまだまだ。どうしてもくすんじゃって。掻く時の手加減なんでしょうけど。

――漆器は、一般人には敷居の高いものであるのも事実。もっと身近になれば、需要も増えますね。

[岡] そうですよね。漆器を一般のお客さんに知っていただく。地元の給食の食器として使うということも含めて、考えていかないとな、と思います。

[茨城の森の明日を考えるための基礎知識]茨城県の山を守る森林整備の実態。 県北山間地域では……。

宮の郷木材流通センター 画像伐り出された丸太は1カ所にまとめられ県内の原木市場に運ばれる。

日本の国の森林の多くが人工林。
先人たちが1本1本植え、育んできた山々は、
人の手によって守られてきました。
茨城県は全国でも人工林率の高い県です。
森林整備の担い手不足や木材価格の下落といった
厳しい状況のなかでも、たくましく、明るく、
茨城の山を守ってくれている人たちがいます。
その現場を訪ねました。

中嶋栄子(ライター)/千葉慶一(ソロー茨城)
  • [図1]木材の流通の流れ
日本は、世界的にも人工林率の高い国です。

 日本の森林は、戦後にスギ・ヒノキを中心として積極的に造林が進められた結果、人工林率が高くなっています。平成24年の林野庁の統計によると、その数は全国平均で41%。アメリカの8%、ロシアの2%に比べても、国土環境の違いはあれど、段違いの数字です。茨城県も例外ではありません。むしろ、その値は全国平均よりもかなり高く、人工林率は60%となっています。

 森林が我々に与えてくれる恩恵は、木材や薪炭材など資源だけではなく、水源かん養、二酸化炭素吸収などの環境保全効果も重要な要素です。定期的な下草刈りや間伐など、人の手で行われる森林整備をすることで、その姿や機能は維持されていきます。ところが、ひとたびそのサイクルが崩れると、バランスはたちまち破壊されてしまう可能性があります。人工林率が高いということは、人の手がたくさん必要だということにほかなりません。

 1ヘクタール以上の森林を所有する林家は、茨城県では1万6千564戸。その80%が所有林5ヘクタール未満の小規模林家です(「2010年世界農林業センサス」)。個人で植林から伐採までを行うのは、かなりの重労働。経費も甚大です。間伐をしたくても、1㎡当たりの生産コストが1万233円と、主伐の生産コストの6千188円に対して1.6倍強になってしまいます(「茨城県森林・林業振興計画 平成24年改訂版」)。

  • 内装も外装も木材がふんだんに使われた大子町森林組合の事務所。窓から大子の山々が見渡せ、最高の職場環境。林業事業体の多くが、木造建築の社屋だ。
民有林の森林整備の中心的な担い手は、森林組合。

 では、茨城の森林を守ってくれているのは、どんな人たちなのでしょうか? 高齢化などで個人で山の手入れをするのが難しくなった林家のかわりに作業を請け負ってくれるのが、林業事業体です。組合や会社などの形態がありますが、林家の要望に合わせて、それぞれの得意分野で森林整備作業を行っています。

 なかでも、各地域毎に組織されている森林組合は、民有林の森林整備の中核を担う存在です。森林組合法に基づき、組合員の出資によって組織されています。平成23年現在、全国で672組合(林野庁「森林組合統計」)。茨城県内でも、広域合併などを経て、平成27年現在で7組合があります。今回お邪魔したのは、組合員数2千933名、県内で最大規模を誇る大子町森林組合です。「組合員のための森林組合」をスローガンに、地域に根ざしたきめの細かい森林整備を行っています。地元出身の若手職員が多く、子どもの頃から慣れ親しんだ山や地域のために、活き活きと働いています。

これからの森林組合の役割。

 後継者不在の山や林家の高齢化が進んだ山の作業は、自力で行うことが難しく、採算が合わないためにやむを得ず放置している状態の山林が増えています。山が荒れるに従い、自分の山の場所すらわからなくなっている林家が増えるなか、山を元の健康な状態に戻し、継続的に管理をして、林業を復興する大きな担い手が、森林組合なのです。森林組合が行うのは、季節ごとの山の手入れだけでなく、作業道の増設や森林経営の指導など、多岐にわたっています。

 林業を取り巻く現状は、深刻な面があるのも事実。それでも、森に入ると、数十年前に植えられた樹々たちがしっかりと根をはり、堂々とした姿が我々を圧倒します。先人たちが営々と手入れを続けてきてくれた森の恵みは、収穫のときを迎えています。林業とは、やったことの答えが出るのは数十年後という、息の長い仕事。現在行っている作業が、山の現状と照らしあわせて適切かどうかの判断が、山の未来を決定します。いまのことを見る目と、先のことを見る目。大子町森林組合の組合長、佐藤信勝さんはこう言います。

 「組合員が何に困っているか、何を望んでいるか。将来適正な、足腰の強い山林にするのはどうしたらいいかを、常に考えてやっています。そこで、5年前から始めたのが、境界整備です。明治時代に綱を張って定めた頃のままになってる境界線不明の山に調査を入れて、杭を細かく打ち、空中写真と一致させた図面をつくって持ち主が誰か一目でわかるようにしました。自分の山の場所がはっきりすることで、森林所有者の意欲も向上しますよね。日本の人工林は、樹齢50年を迎えるものが多く、間伐も済んでこれから手のかからない時期になるんです」

  • 大子町森林組合の組合長・佐藤信勝さんに案内していただいたスギ林。手入れの入った森林は、日光がまんべんなく差し、健康な空気が漂う。
今こそ、広葉樹の活用を始めるべき。

 大子町の周辺は、森林の40%が広葉樹林だと言います。広葉樹の活用の必要性を佐藤さんは訴えます。
「広葉樹林で、椎茸の原木が不足しているという現実があります。広葉樹は燃料としても優秀だし、水源かん養にも大きな効果があります。これからは、針葉樹だけでなく、広葉樹の活用をメインに据えた施策を構築するべき。夢と希望がある道筋を、本来だったらこうありたい、今まで我々が何十年か努力してきた結論はこうありたいという、理論的な旗印は立てるべきです。

 山の木が安くてどうしようもないと嘆いていてもしょうがない。持ち主がうなだれている間にも、山の木はすくすくと育っているんです。茨城の八溝山系の木などは、全国レベルでどこに出しても恥ずかしくない。林業の将来は明るいんです!」

 山の底力に敬意を表し、山そのものと相談しながら、必要なことを過不足なく提供できる存在として、森林組合の果たす役割は、これから増々大きくなっていきます。

ソロー通信第3号 2015年10月発行

  • ソロー通信茨城版 第2号